1993年2月。株主20名が出資をして資本金2,000万円で設立した株式会社ディー・ブレイン。経営コンサルティング会社と言っても、コンサルタントは私一人。クライアントとの契約、調査や指導、研修等の仕事、請求や支払い、経理まで全部一人でこなします。
そんなディー・ブレインの初年度の売上高は6社のクライアントから合計1,950万円。何と、そのうち4社は株主だったのです。売上にすると全体の4分の3を占める1,500万円。最大のクライアントは家電量販店のコジマです。当時、常務取締役で後に社長となる小島章利氏がディー・ブレインに200万円を出資。株主になっていただいていました。章利氏はコジマを10店舗から200店舗、売上5,000億円にまで拡大して当時、業界NO.1まで成長させた小島勝平氏の長男。私より2歳年下の30歳でした。コジマからは、全店の店長研修を1千万円近くの研修費で請け負わせていただいた上、経営顧問契約も締結。章利氏が会長を退任する2012年まで20年間に渡り毎月20万円の顧問料を支払い続けてくれたのです。
コジマを始めとする4社の株主のクライアントに加え、株主からセミナーの講師の紹介もいただきました。もし、拡大縁故募集で株主を募っていなかったら、売上は殆どなかったかもしれません…。多くの方から株主として出資をいただけたことは勿論ありがたいことでしたが、その株主の皆さんがディー・ブレインの事業の立ち上げを支えてくれたのは、さらに、ありがたいことでした。
私が後に「拡大縁故募集」を中小企業のエクイティファイナンスの有力な手段として位置づけるようになったのは、このときの経験があったからこそなのです。ただ、私がその意味に気づくにはもう少し時間がかかります。
1995年12月。設立2期目を終わろうとしているディー・ブレインは会計士補のコンサルタントと、事務職員を採用。3名の体制になっていました。これからは「インターネット」の時代と考えた私は、中小企業向けのインターネット活用コンサルティングに目をつけました。まだホームページを作っただけで新聞記事になってしまうような時代。ちょっと早すぎはしましたが、米国にサーバーを借りて、自らのWEBサイトを立ち上げ、様々な実験サイトをスタートします。
その翌年の1996年。私自身の人生を決定的に変える大転機が訪れることとなるのです。(つづく)
DAN ベンチャーキャピタル 株式会社
代表取締役 出縄 良人(公認会計士)
(プロフィール)