私が起業を決意したのは32歳の時。1993年、日本経済はバブル絶頂期を過ぎ、下り坂。当時の私は大手監査法人に勤務する会計士。公開業務部で上場コンサルティングに従事していました。上場に向けて企業の予算管理体制や内部統制の構築を指導する。それなりに遣り甲斐のある仕事でした。
しかし景気減速でクライアントの業績が悪化。上場よりもまず業績アップへと優先課題は変化します。上場コンサルティングの新規受注は激減の一方、クライアントに業績向上策をレポートすると、大いに喜ばれます。そこで監査法人の経営トップに、「中小企業を対象とした経営アドバイザリー部門」をつくるべきとレターを書きます。しかし1ヶ月経っても、なしのつぶて。それでは自分でやろうと、設立することにしたのが株式会社ディー・ブレインです。
1993年の正月は、ディー・ブレインの事業計画作成で始まりました。企業理念は「価値ある事業の成長支援」。中小企業の成長を支えることを目的に、事業内容はマーケティングとファイナンスのコンサルティングです。中小企業のニーズは明らかで、マーケットは300万社。上場準備企業の比ではありません。
私にとっての課題は自らの事業資金。立ち上げにあたり必要な資金は最低でも1千万円。できれば2千万円の資金が必要と試算しましたが、当時、個人的に貯蓄はほとんどなし。唯一の資産は居住用に保有していたマンションのみです。1990年のバブル絶頂期に3,200万円で購入。第一生命の子会社が分譲したそのマンションは都心から1時間。埼玉県の春日部駅から徒歩15分の72㎡。これを売却して創業資金をつくろうと考え、3,600万円で売りに出しました。しかし、中古不動産の需要はピークをとっくに過ぎ、ようやく買い手がついたのは2,800万円。残債2,500万円を返済して手元に残ったのは、たった300万円でした。
そこで考えたのがディー・ブレインの株式の募集です。身近な人から順番に、まずは父親、そして親戚に友人。さらに監査法人でお世話をしていたクライアントの社長や社長のご子息など、出資の依頼に回りました。これぞ、まさに今、GoAngelで行っている「拡大縁故募集」です。
実は、クライアントから出資を断られたら、起業は止めようと思っていました。監査法人の看板で仕事をしていた当時、自分自身の能力がどう評価されているか、あるいは個人的に信用してもらえているのか、全くわかりません。出資をいただけないのであれば、それは能力も評価されてなく、信用もないということ。これでは起業しても成功できるはずがありません。
しかし、その心配も杞憂に終わり、20名のご縁ある皆さんが50万円~200万円を出資。1993年2月24日、資本金2千万円の中小企業向けコンサルティング会社、株式会社ディー・ブレインが設立されました。これも株主の皆さんのお陰。本当にありがたいことでした。
ところが、この後、資金調達ができたこと以上に、さらに株主の皆さんに感謝すべき、予想もしなかったことが起きたのです・・・。(つづく)
DAN ベンチャーキャピタル 株式会社
代表取締役 出縄 良人(公認会計士)
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